誰かの人生じゃなく、自分の人生を生きるということ。
人に頼られたり、期待されたり、必要とされたりするのは、嬉しい。
誰かに必要とされることで、自分の存在価値を確認できた気がしていました。
でも、気づいたら“誰かの人生”を生きていることがある。
僕がそれに気づいたのは、自分が壊れかけた時でした。
①親との決別
うちの親は、人の話を聞かない親でした。
姉の蒸発、うつ病の叔母を支え続ける日々、親の態度、家の中の重たい空気。
ずっと「いい子」でいれば平和だと思っていました。
でも、この人たちと関わり続けている限り、自分の人生は生きられない。
ある時、そう思いました。
「もうどうなってもいい。」
そんな覚悟で、不安と葛藤を抱えながら、親の連絡をすべてブロック。
山梨の焼肉屋の前の駐車場。
友達と焼き肉を食べた後、1人離れて脇道に入り、
誰にも言わずに、少し震える手でブロックしたのを覚えています。
傷つけても、絶縁されても、
自分の人生を生きるためには、その場所から離れるしかなかった。
これが、僕が「自分の人生を生きる」と決めた瞬間でした。
②スタートアップでの挫折
「会社を立ち上げたから、事業を手伝ってほしい。」
新卒2年目、26歳の秋。創立1年目のスタートアップに役員として転職。
「事業立ち上げ」「役員」「頼られる」そんな言葉に胸が高鳴りました。期待されていることが、嬉しく、誇らしかった。
がむしゃらに働いていました。でも現実は、何も上手くいかず、空回りする毎日だった。
分からないことだらけで、自信も成果もついて来ませんでした。
周囲に迷惑をかけている感覚ばかりが募っていたのを覚えています。
そのうち、続けることは難しいと感じ、退職を決意。
その時、何度も何度も何度も自分に問い直しました。
なぜ上手くいかなかったのか。
なぜ自分は役に立てなかったのか。
思い至ったのは、
本当の意味で「自分軸」で生きられていなかったということでした。
“頼られたから”“必要とされたから”そんな理由で飛び込んだ場所だったから。
それじゃ本気になれない。
本気になれない仕事は、誰に対しても誠実じゃない。
相手にも、そして──自分にも。
それは、親をブロックした時に感じた感覚と繋がっていました。
“親を傷つけても、自分の人生を生きる”と決めた、あの感覚です。
その時に確信しました。
僕は、「自分の人生を生きている」という実感がないと、
生きていけない人間なんだと。
すべてが繋がって、腹の底に確信が埋まりました。
これからは、自分のやりたいことをやろう。
自分が生きたい人生を、生きたいように生きよう。
③それでも、生き直す

自分が生きたい人生を、本気で生きよう。
“自分がやりたいからやる”。
その軸を、人生の出発点に置こうと決めました。
誰かに求められるから動くのではなく、
自分の本心から湧き上がる「やりたい」から行動したい。
そんな想いの中、
“対話”という生き方にたどり着きました。
これは、誰かの期待に応えるための手段ではなく、
心から大切にしたいと思える、自分の人生の表現でした。
自分と同じように、誰かの期待や思い込みに縛られて、
“自分の人生”を生きられていない人がいる。
その人たちが、もう一度「自分で選ぶ人生」に出会うきっかけをつくりたい。
そして何より、
僕自身が自分の人生を最高に楽しんで、生ききろうと決めました。
”対話”は、僕にとって、
自分の人生を取り戻すための手段であり、
これからの人生をつくるための、いちばん大切な活動になりました。
最後に

人の意見も、期待も、頼まれごとも、決して悪いものじゃない。
それが救いになる場面だって、きっとある。
でも、それを優先するあまりに「自分の声」を押し殺してしまったら、
あとで後悔するのは、他の誰でもない、自分自身です。
人生は、誰かのものじゃない。
誰かの期待の中で生きるのではなく、
自分の意志で、自分の人生を生きる。
その命を、誰かのために使うのではなく、
自分自身が、心から望む未来のために使っていきましょう。

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川村鴻太|TAiWĀ代表|対話×問い